クレヨン先生こと末永蒼生の色彩日記

ハート&カラー Blogひろば » クレヨン先生こと末永蒼生の色彩日記


見えない心を色を通して感じる(2)

2009年03月12日掲 載

 見えない心を色を通して感じる(2)

子どもが生まれてから夫の暴力が始まったという相談者Mさんの話。夫の心理に何が起きたのだろうか?

kiDSC07691.JPG

僕自身、男だから多少想像できないこともないのだが、男性は一人の大人として成長することがなかなか難しい面がある。女性は思春期頃からの体の変化と共に、精神的にも否応なく成長を促される。しかし一方の男性は大きな身体的な変化は少なくフラットな感じで育っていくから、自分の変化にも環境の変化にも慣れているとはいえない。おそらく親元から離れて就職をしたり、結婚して父親になったりすることは、初めての大変化なのだ。

もう一つ感じるのは、母親が子育ての中心であるような環境に育った場合、ほとんどの男性がマザーコンプレックス的な心理を抱えている。授乳からおしめの世話まですっぽんぽんの体の世話を全てを母親に頼り、あるいは支配されているという記憶が潜在意識に宿っているはずだ。
その感覚を乗り越えていくためには強烈な自立心が必要なわけだが、精神的な自立をしないまま成人して恋愛や結婚へと向かうことも多い。すると、どうしてもパートナーのことを母親とを重ね合わせて感じるという混同から抜け出せない。対等な関係であると頭では分かっていても、どこかで女性に母親的な役割を求めてしまうのだ。
そのような精神状態が停滞したままの男性が子どもを作り父親になったらどうだろうか?
出産後の妻は育児にかかりきりになり、それまでのように夫の世話ばかりはできなくなる。しかし、夫の側に世話を受ける人(幼児性)から世話をする人(大人)への心理的な成長が起きてないとしたら、夫婦の間に大きなズレが生じるだろう。夫の中の幼児性はパニックを起こすのではないだろうか?あたかも、自分のきょうだいが生まれた時のような疎外感や嫉妬の感情が生まれないとも限らない。妻を子どもに取られてしまったような気分なのかもしれない。この心理的な問題が自己解決できなければ、夫は八つ当たり的に暴力を振るうことがあるのではないだろうか。
このようなケースはやや極端かもれないけれど、多くの夫婦の間にこのようなギャップが潜在的に潜んでいるように思える。「子どもができてから妙に夫が甘えてきたり、まるで子どもを二人世話しているみたいで大変です」というような話は子育て中の女性から少なからず聞くことがある。また、妻が妊娠してから夫が浮気をすることがあったり、怒りっぽくなったりという話も多い。
このよう現象は、男性が幼児性をなかなか抜け出すことができず足掻いている姿なのかもしれない。しかし、夫婦が協力して子育てをしていくためには、男性は本当の意味で“大人”に脱皮しなければならないのだ。
相談者のMさんとは、個人的な相談というよりは、男性の自立の難しさを話し合うことになってしまった。最初は彼女も戸惑っていた。「だって、会社でも一応責任ある立場で仕事してますし、彼に幼児性が残っているなんて……」。
「ええ、でも社会的な自立と生活面での、といいますか心理的な自立は別なんですよ」。
するとMさんは大きく頷いて、「たしかに、夫は長男として生まれ、大事に育ったようですからね。とても教育熱心な母親に世話をしてもらっていましたから、その癖が抜けないのかも。そういえば、私が子どもの世話で忙しくなった頃から、何かと不機嫌になっていました」。
最初は子育てについての相談で訪ねてきたM さんだったが、彼女にとっての本当の問題は子どものことではなく、夫の心理的な問題であったのかもしれない。Mさんの2歳の息子が描いたクレヨンの落書きと同じような混沌とした気分が、夫の中にも渦巻いているのかもしれない。もちろん、このような夫婦の心理的なギャップは彼女一人の特別な悩みではないだろう。
アトリエにやってくる子どもたちを眺めていて、また子育てに悩んでいる母親の話を聞きながら常に考えさせられるのは、男性が心理的な意味で大人に、そして父親になるためにはどうしたらいいのだろうということなのである。もちろん、自身のことも含めてなのだが……。

(色彩心理学者 末永蒼生)

見えない心を色を通して感じる(1)

2009年02月18日掲 載

 見えない心を色を通して感じる(1)

カウンセリングルームにやってきたのは、20代半ばの女性Mさん。相談内容は子育てのことだ。
一緒に連れてきた子どもは2歳の男の子だ。動き回って一時も座っていない。
Mさんは半分泣きそうな表情で、子育ての大変さを訴え始めた。「私、子どもの欲求が分からないんです。私の言うこともなかなか聞いてくれないし。じつは、先生の子どもの絵の本を見て、子育ての相談もされているということで、息子の絵を持ってきました。絵から、子どもの心理が分かるんですよね?」。
その絵を見ると、紙の中心に3~4色のクレヨンでぐるぐると線が描きなぐってある。「私、この子が生まれて1年くらいの頃、離婚したんです。子どものことを考えると、なんとか結婚生活を続けていたかったんですが、どうにも夫の暴力に耐えられなくて……」。
Mさんは恋愛結婚。結婚当初はラブラブだったというが、子どもが生まれた頃から夫は人が変わったようになったという。
「酒を飲むことが多くなり、酔うと私に暴言を吐いたり、時には手を挙げるようになったんです。子どもが産むまではとても優しかったので、驚きました。あまりに暴力が続くので、私と息子は実家に避難し、結局、離婚に至りました。父親がいないままに育てているので、この子に影響がないかなと不安だし」。
Mさんは現在、子どもを保育園に通わせながらパートの仕事をしている。仕事が忙しい時は実家の両親に見てもらうこともある。
最近はDVへの関心も高まり、たとえ夫婦喧嘩でも激しい暴力があれば犯罪行為であるという認識は広まりつつある。それにしても、優しいはずの夫がなぜ急に豹変し暴力を振るったりするのだろうか。DV被害者の話を聞くと、アルコール依存症など色々なきっかけがあるようだが、他にも子どもが生まれたことで夫が苛立つようになったという理由も少なくない。父親になれば、より一層妻に優しくしたくなるのではないかと思うのだが。そこには夫の、あるいは男性のどんな心理的な変化があるのだろうか。

(色彩心理学者 末永蒼生)

 kiDSC07691.JPG

感情を出すのが怖い(2)

2008年09月10日掲 載

 「感情を出すのが怖い(2)」

心理カウンセリングの中でクライアントのA子さんが使った赤と淡い青の同心円の絵。中心では燃えるような赤が勢いのいいタッチで描かれ、外側の淡い青の膜を突き破ろうとしているように見える。
「そう、私が人といて緊張する時って、こんな気分なんです」。
言いたいことがある時ほど怖くなって、気づかれないようにそっと感情を隠してしまう癖があるという。
「それでかえって疲れてしまって、人と向き合うのが面倒くさくなるんです。考えてみれば子どもの頃から、大人しいいい子やっていたみたい。だいたい家の中でもパパやママが感情ぶつけてるとこあんまり見たことなかった。家庭的にそんな大きな問題もなかったし。結構、クールな家族だったかも。一つだけ覚えているのは、ママが何かで怒った時に、パパが1週間、口をきかなくなったんです。両親が一緒に喜んでくれたのは、私が学習塾に行くと決めた時と、高校入試に成功した時。だから親の期待に応えていれば、両親も仲がいいのかと思って育った気がしますね。私たちの世代ってわりと似た感じの家庭が多いんじゃないかと思います。父親はしっかり仕事して、母親は子育てや家事に励む。子どもは普通に学校に通う。パパもママも特別な存在ではなかったけど、そんな平穏な家庭生活に疑問はなかったし」。
そう言いながら、A子さんはしばらく自分の絵を眺めていたかと思うと、あれっ!と声を上げた。
「この自分が描いた絵を見ていたら、ママが怒った時のことを思い出しましたよ。あれ以来、ママは感情をストレートにはパパにぶつけなくなったんですよ。だから、なんとなく表面は静かな感じ、でも内側ではイライラした気分が渦巻いているのを私は子ども心にも感じてた。だからママが優しい態度の時ほど私は緊張してしまうんです。う~ん、なんか今の私の癖はそっくりかもしれない」。
こんなことを自分に言い聞かせるように話しながら、今度は急に恋人のことに話しが移った。
「親の影響にしても、私が感情をオブラートに包んでいるとしたら、彼にもどっかで緊張させてるのかもしれないですね。彼は、かつての子ども時代の私の気分かもしれない。どうしたらいいんだろう?」。

困った顔のA子さんだったが、自分の癖がどこから来たのか思い至ったり、どうにかしたいと感じているとしたら、恋人との関係も今までとは違ってくるのではないだろうか。
「家でも少し色使って落書きしてみようかな。なんか絵を描くって、鏡を見ているみたいですね、心の鏡というか。今度のデートの時には、出かける前に心の鏡を覗いてから出かけるようにします」。
そう言いながら、A子さんはその日描いた絵を大事そうに持って帰っていった。

※カウンセリング内容は設定を変えてあります

(色彩心理学者 末永蒼生)

creyon_2.jpg

感情を出すのが怖い(1)

2008年08月27日掲 載

 「感情を出すのが怖い(1)」

僕が行う心理カウンセリングにやってくるクライアント、特に若い世代の人たちと語り合っていると「感情を出すのが怖い」という言葉が返ってくる。
人とつき合っている中で自分の気持ちを伝えるのが難しいということらしい。つい当たり障りのなり話題で終わってしまうという。相談に来た20代のA子さんも、現在の恋人との関係で悩んでいる。
「コンサートに行ったり共通の趣味で共に行動している時は緊張しないのだけど、二人だけで向き合ってしまうと何を言っていいのか分からないんです。自分の感情が受け入れられていないかなと感じたりすると恐ろしくなったり、逆に私の言葉が彼を傷つけないかなと、自分の本音を閉じこめてしまう。だから、大事なことは案外メールで送ったり。それでも、断定的な意見は控えちゃうけど。だから、いつまでも平行線なんです」。

どうして私はこうなんだろう?どうしてこんなに臆病になったんだろう?答えを探るようにA子さんは遠くを眺める。
「答えは簡単に見つからないだろうけど、自分の感情を掌にのせてじっくり味わうことはできるかもしれないね。自分の心をちょっとクレヨンで描いてみようか」。
そう言いながら、僕はクレヨンと紙を差し出してみた。
A子さんは、その中からいきなり赤いクレヨンを選んで紙の真ん中に円を描き、真っ赤に塗りつぶした。そして、その周りに淡い水色の膜のようなものを描いた。
「色で表現すると結構激しい赤が出るね」と言うと、「そうですね。だって色だったら別にいいも悪いもないし、先生だって、この絵を見て別に嫌な気分じゃないでしょう?」
たしかに、色で感情を表現しても誰も傷つかない。

この赤と青の模様のような絵を眺めながら、僕とA子さんはいろんなお喋りをした。そんな中で、A子さんの意外な記憶が飛び出してきたのだった。(つづく) 

※カウンセリング内容は設定を変えてあります

(色彩心理学者 末永蒼生)

creyon_2.jpg

生き延びるためのクレヨン

2008年07月01日掲 載

 「生き延びるためのクレヨン」

このリニューアル・ブログの第一弾にはなにか楽しい話を書きたいと思っていた。しかし、このところ気になっているのは5月12日、中国四川省で起きた大震災のニュースだ。死者は13年前の阪神淡路大震災の10倍をはるかに越えそうだ。2ヶ月近く経った今、被災者のニュースは目立たなくなったが、実際は生活再建が始まるこれからが最も大変な時期だろう。かつて、ボランティアで神戸に滞在した時、僕はまるで戦時下の焼け野が原に放り出されたようなショックを受けた。その記憶と中国の報道が重なる。

目を引く写真があった。四川省の幼い女の子が絵を描いている姿だ。その瞳には目前の現実を凝視している必死さと、どこか遠くを見ているような虚ろさが入り交じっているのだ。他の子が描いた絵に大きく書き込まれた「2:28」という地震発生時刻。多分、それは子どもの心の中の時間がショックで停止した時刻そのものでもあるのだろう。

現地の避難所にある「心理ケアステーション」では子どもたちに絵を描かせているという。そうやって絵を描くことで、わずかでも凍りついた心の時間が動き始めるのを祈らずにはおれない。9.11直後のニューヨークの子どもも、爆撃を受けたアフガンやイラクの子どもたちも絵を描いていた。被災した子どもたちが食料や毛布の次に必要とするもの、それは心が生き延びるために必要な心の糧なのだ。

“クレヨンは心のビタミン”。これはクレヨン箱を抱えて神戸の被災地を回った時の僕たちの合い言葉だった。
(色彩心理学者 末永蒼生)

 creyon.jpg