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[VOL26 2006.11月 新連載!「不安について」 その1-いつもの不安 ]

2006年11月16日

世の中に不安を感じたことがない人はいないと思う。私の場合は、あらゆる感情の中で一番多く感じるのがこれだ。不安の感度がどうやら人より優れているらしい。ここ数年はその感度にさらに磨きをかける日々。ところが人からは自信満々のキャラクターに思われることが多い。その裏側ではとんでもない不安劇場が繰り広げられているのだ。何か事を始めるときにはまず、不安材料をあげつらう癖がある。表現にも、その時々の不安を表す色が登場する。

FUAN.jpg

このオーラぬり絵の色はまさに私が常日頃感じている仕事に関する不安。グレーが頭と身体全体を包み込み、更にダークな黒でシーリングされている。顔は真っ黒。何も見えない、聞こえない。全身の血が逆流している感じだ。色みを感じない無彩色は私の不安を的確に物語っている。特に講座の前は不安が臨界点に達することが多く、勝手に失敗した妄想をし、取り乱すことも度々だ。「上手く伝わらなかったらどうしよう、反応が悪かったら大変だ!」と心の中で百万回叫ぶのだ。救われない自分の状況をグレーは容赦なく表している。

無彩色と言えば、ピカソのゲルニカを思い出すが、ピカソはあの無彩色に戦争に対する、救いの無さを表現したのだ。私もこれを描いて不安がさらに増幅されてくるのを感じる。だったら好きなオレンジや赤を加えればいいのに。でも、そんな手は使いたくない。とことん、自分の不安を直視することから、可能性が生まれると信じているのだ。

「色彩学校」専任講師 岡崎美香

 

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コメント

私にとって「不安探し」は、もはや“息を吸うのと同じ”くらい無意識レベルの行動…。1つの不吉な前兆があると、瞬時に100個くらいの「最悪シナリオ」を頭の中で想定して、絶望的になる。

そして、そんな私とは対照的なのが私の夫。「超楽観主義者」の彼を見ていると、イライラすることはしょっちゅうだ…。彼のマイペースな行動に対する「エンドレス口論」(といっても、ほぼ一方的に私がキレている)が夜中の2時や3時に至るのは、日常茶飯事…。でも、私がアレコレ文句を言っても「ナントカに念仏」で、どうやら効果は薄いようだ…。

不安いっぱいの私は「黒」。
まるで不安のフの字もなさそうな彼は「白」。
こうも対照的だと、最後には怒る気力をなくしてしまう…。


ただ、仮に夫も私のように“不安いっぱい”だったとしたら、私たちの人生はきっとブレーキの壊れた機関車のように、破滅まっしぐら、もしくは光のない暗黒世界だろう…。

もしかして、「真っ白」な彼といるからこそ、どこかでバランスのとれた関係なのかもしれない…。

そして実は、「黒」と「白」を合わせた「灰色」=「あいまいでファジーで柔軟」な状態に実は、心のどこかで心地よさを感じているのかもしれない…。

投稿者 灰色 : 2006年11月17日 16:35

「不安」という言葉はわたしにとって日常語ではない。「不安」とは非常に抽象的な言葉のように思う。ある心のわだかまりを「不安」と呼べば、「不安」は直ちにそこに存在し、「不安」としての本領を発揮し、わたしの心に陰りをつくる。「不安」は、小さなものから大きなものまで、数えればきりがないが、人の思いの力としては、非常に強いパワーを発して、ものごとを動かしてしまう力にもなる。

だから、わたしは、眉をひそめてしまう感情がわき上がったとしても、それを「不安」とは呼ばないようにしている。「不安」とよんでしまえば、「不安」は「不安」として、膨大な負のエネルギーを発し、良いことも悪いことになってしまう。だから、わたしにとって「不安」という言葉は日常語ではない。

投稿者 「不安」という言葉 : 2006年11月17日 16:36




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